
馬場あき子。著者は序章で「日常という、実りすぎた飽和様式のなかで、眠りこけようとするものを醒ますべく、ふしぎに鬼は訴えやまない」と記す。私はこの文章をこのまま、ロックの帯巻きのコピーとして採用したいと思う。著者の音楽観は・・・・[続きを読む]
西藤博之公式サイト

馬場あき子。著者は序章で「日常という、実りすぎた飽和様式のなかで、眠りこけようとするものを醒ますべく、ふしぎに鬼は訴えやまない」と記す。私はこの文章をこのまま、ロックの帯巻きのコピーとして採用したいと思う。著者の音楽観は・・・・[続きを読む]

柳田国男。このblog本棚には、私が一読二読し更に再読して、ふとした機会に思い出す一文がある本を並べている。例えば、バーチャルリアリティ=仮想現実という言葉を聞くと、私はこの本の一文を思い出す。「我々が空想で描いて見る世・・・・[続きを読む]

むかしむかし、あるところに、おもしろいことが大好きな鬼がおりました。あるとき、鬼は人里ちかくで白いひもを拾いました。これは人間たちがイヤホンといっているひもだな。アップルとやらにつなげると音楽が聞こえるらしいよ。アップル・・・・[続きを読む]

スティーヴン・ミルハウザー(柴田元幸=訳)。5人の翻訳者による12篇のアンソロジーのなかの一篇。1988年刊行の本の12篇のなかで、この一篇だけが鮮明に脳裏に刻み込まれたのでしょう。25年後に読み返してもこの小説の魅力は・・・・[続きを読む]

富山市の『どぶろく』という居酒屋に版画を搬入しました。このお店は音楽好きの酒場です。この写真は、版画を搬入した夜、お店のギターを借りて下手にかき鳴らす私の姿です。 実は、このギターは私の所有物です。これは、私が20年以上・・・・[続きを読む]

空っぽの箱の底に、十本の彫刻刀があります。この箱が木屑で満杯になったとき、次の個展を開くことでしょう。 9回目の個展が終わって1ヶ月経ちました。この1ヶ月はツンドク本を片っ端から読み倒しつつ、個展の精神的な後片付けで過ぎ・・・・[続きを読む]

「胸いっぱいの愛を」(Whole Lotta Love)は、レッド・ツェッペリンの曲ですが、私の場合は『箱いっぱいの木屑』です。 この一年間で彫った木屑が箱いっぱいに溜まりました。私は木を彫って作品を制作しはじめて以来の・・・・[続きを読む]

富山市のPEPINというイタリアンレストランでシルクスクリーンのワークショップが開催されました。 私は、お店の友人として、このワークショップに原画を提供しました。提供したのは版画で、版画の制作モチーフはボブ・ディランです・・・・[続きを読む]

彫刻には影ができます。 立体ですから光があたると影ができて当然ですが、版画などの平面作品もつくる私としては、制作途中の彫刻に影ができることに気が付くと、思わず彫る手が止まります。平面作品は絵空事という言葉がある程に、架空・・・・[続きを読む]