
空っぽの箱の底に、十本の彫刻刀があります。この箱が木屑で満杯になったとき、次の個展を開くことでしょう。 9回目の個展が終わって1ヶ月経ちました。この1ヶ月はツンドク本を片っ端から読み倒しつつ、個展の精神的な後片付けで過ぎ・・・・[続きを読む]
西藤博之公式サイト

空っぽの箱の底に、十本の彫刻刀があります。この箱が木屑で満杯になったとき、次の個展を開くことでしょう。 9回目の個展が終わって1ヶ月経ちました。この1ヶ月はツンドク本を片っ端から読み倒しつつ、個展の精神的な後片付けで過ぎ・・・・[続きを読む]

「胸いっぱいの愛を」(Whole Lotta Love)は、レッド・ツェッペリンの曲ですが、私の場合は『箱いっぱいの木屑』です。 この一年間で彫った木屑が箱いっぱいに溜まりました。私は木を彫って作品を制作しはじめて以来の・・・・[続きを読む]

彫刻には影ができます。 立体ですから光があたると影ができて当然ですが、版画などの平面作品もつくる私としては、制作途中の彫刻に影ができることに気が付くと、思わず彫る手が止まります。平面作品は絵空事という言葉がある程に、架空・・・・[続きを読む]

私の作品は私ひとりでつくっています。精神的な支えや作る手がかりは沢山あるので、さみしいことはありませんが、実質的につくるのは私ひとりです。いわゆるアートシーンからも遠く離れてひとりで制作している私が気になるのは、過去の私・・・・[続きを読む]

ぬすつと犬めが、 くさつた波止場の月に吠えてゐる。 たましひが耳をすますと、 陰気くさい声をして、 黄いろい娘たちが合唱してゐる、 合唱してゐる。 波止場のくらい石垣で。 いつも、 なぜおれはこれなんだ、 犬よ、 青白い・・・・[続きを読む]

木彫刻をつくる前は立方体の木材です。この立方体のなかにあるものを彫り出す、いわば発掘作業が私の彫刻制作です。下書きはあるようでない。木材の上に線を引いたところで叩きノミの一撃で消し飛びます。彫りながら出たとこ勝負で彫り進・・・・[続きを読む]

『百鬼夜行絵巻』をめくっていると、500年前の絵巻物のなかにストーンズがいました。この画の赤い舌をべろりと出している鬼は、16世紀のストーンズに違いないと私には思えます。思ったからには作品にします。仏像を基礎に版画を制作・・・・[続きを読む]

実は、私が10年来つかっている和紙が製造元の事情で入手できなくなっています。困ったところで埒があかないので、この機会に違う紙に刷ることを試してみました。思い出したのは、京都の円徳院でみた長谷川等伯の襖絵です。唐紙の地模様・・・・[続きを読む]

私は1994年にボブ・ディランのコンサートを観にいきました。そのときに浴びたエネルギーは長い潜伏期間を置き、2012年に木版画として私の前に浮上してきました。三井寺の如意輪観音菩薩坐像を見たときに、「これはディランだ」と・・・・[続きを読む]